研究内容
生命活動の中心的な役割を担うタンパク質。 その精緻な構造を“観る”。
人間の体内に何万種類と存在するタンパク質は、それぞれ固有の機能を持ち、複雑に絡み合って生命活動を支えています。荒磯裕平准教授は、特殊な顕微鏡を駆使して、肉眼では見えないタンパク質の形や動きの解析に取り組んでいます。その先に、「生命とは何か」を解明する手がかりを探しながら―。

生命現象の不思議に挑む
人間の細胞の中では、DNAの遺伝情報を設計図として何万種類ものタンパク質が合成されます。これらのタンパク質は細胞内の各所に輸送されて機能を発揮し、一定の寿命を終えると分解されます。「街」がさまざまな職業の人たちが働いて成り立っているように、「細胞」もさまざまなタンパク質が自分の持ち場で仕事をすることで生命活動が成立しているのです。
タンパク質はどのようなメカニズムで適切な場所まで輸送されているのか。あるいは視野を広げて、物質の集まりである人間が、意識を持ち生きているのはなぜなのか。生命現象の不思議への好奇心が、私の研究者としての原点です。
人類が初めて目にした景色
これまでの研究で、ミトコンドリアの膜にあるタンパク質の搬入ゲート「TOM複合体」を、クライオ電子顕微鏡を用いて解析、可視化することに成功しました。人類で、私たちが初めて目にした景色です。
TOM複合体は複数のタンパク質が組み合わさってできており、細胞質にあるタンパク質のうち、ミトコンドリアで働くものを認識して内部への取り込み、仕分けを行います。私がプロジェクトを任された2014年当時は、TOM複合体の解析は不可能と言われていました。試料の調製法の検討から始め、大量の細胞を一気に破砕して効率よくミトコンドリアを単離する方法を開発したことがブレイクスルーとなって構造決定に至り、2019年10月に『Nature』に発表しました。

細胞社会を俯瞰して捉える
同様の手法を応用して、ミトコンドリアの融合に関わる分子、分裂に関わる分子など、さまざまなタンパク質分子の解析を進めています。TOM複合体を含め、ミトコンドリアの膜は外部とのさまざまな物質やエネルギーのやりとりを仲介していますから、膜全体で起きている現象を俯瞰したいという思いもあります。一方でミトコンドリアから離れ、他の細胞小器官を対象とした研究にも着手しています。
高速原子間力顕微鏡(高速AFM)を用いて、タンパク質がミトコンドリアに取り込まれる過程を動画撮影することにも挑戦しています。クライオ電子顕微鏡を使うと、原子レベルの分解能でタンパク質の「形」が見えます。これに対して高速AFMでは分解能は劣りますがタンパク質の「動き」が見えます。2つの手法を組み合わせることで、新たな分子機構の知見を得たいと考えています。
基礎を突き詰めれば応用に
ミトコンドリアはエネルギー産生や代謝反応を担っており、人間の健康と深く関与しています。ミトコンドリアの機能が低下すると細胞が正しく働かなくなり、さまざまな疾患が生じることが知られています。タンパク質など生体分子の立体構造が明らかになれば、その構造に基づいて合理的に新薬を開発することができます。私がやっていること、やりたいことは純粋な基礎研究ですが、基礎を突き詰めていけば自ずと応用につながるのです。
大学の研究者として、学生の教育も大切にしています。学生が成功体験を重ねることで、研究が発展していくと信じています。