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ライフサイエンス

健康長寿と持続可能な未来を拓く,ミトコンドリア・オルガネラの基礎研究

田村 康 教授 タムラ ヤスシ
所属
山形大学 理学部
研究分野
機能生物化学
キーワード
ミトコンドリア,オルガネラコンタクトサイト,脂質代謝

私たちの研究室は,細胞内で働く「オルガネラ」,特にミトコンドリアについて研究しています。ミトコンドリアはエネルギーを生み出すだけでなく,脂質やアミノ酸の合成にも関わり,その異常は老化や神経変性疾患など多くの病気に直結します。私たちは,①オルガネラ膜を構成する脂質分子の細胞内輸送の仕組み,②オルガネラの形と量を制御する仕組み,③オルガネラ同士が接触する「コンタクトサイト」の役割を解明してきました。これらの成果は病気の理解や新たな治療法の開発につながります。さらに研究の過程で,スクアレンやエルゴステロールといった商業的に有用な脂質を大量に蓄える酵母菌を発見しました。スクアレンは化粧品や健康食品,さらにはワクチンの成分として需要が高まっていますが,従来は絶滅が危惧されるサメに依存してきました。私たちは酵母を「細胞工場」として改良し,環境にやさしく持続可能にこれらの脂質を生産する技術を確立し,特許も出願しています。基礎研究から医療や環境問題の解決までつながるこの挑戦を通じて,健康長寿と持続可能な未来を切り拓くことを目指しています。


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田村 康 教授 タムラ ヤスシ
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研究内容

あなたの支援が,健康長寿と持続可能な未来を拓きます!ミトコンドリア・オルガネラの基礎研究を応援してください

ミトコンドリア・オルガネラって何?

 私たちの体は細胞という小さな単位が何十兆個も集まってできています。その細胞の中を細かく見てみると「オルガネラ」と呼ばれる脂質の膜で区分けされた構造があります。 その中でも「ミトコンドリア」は特に重要なオルガネラです。ミトコンドリアは「細胞の発電所」と呼ばれ,食べ物から得た栄養を使ってエネルギーをつくり,体を動かす力の源となっています。しかし,ミトコンドリアの役割はそれだけではありません。ミトコンドリアは発電所としてだけでなく,脂質やアミノ酸の合成、さらには血液の赤い色素であるヘムの合成など,生命に欠かせない物質の生産工場としても働いているのです。そのため,ミトコンドリアの働きが乱れると,私たちの体の健康にも大きな影響が及びます。実際に,老化や生活習慣病,さらには神経や筋肉の病気など,多くの疾患にミトコンドリアの機能異常が関わっていることが明らかになってきました。
 ミトコンドリアを始めとしたオルガネラの研究は,人の健康に役立つだけではありません。微生物のオルガネラの仕組みを応用することで,環境に優しい資源を生み出す技術の開発にもつながる可能性があります。例えば,私の研究室では持続可能なバイオ燃料や医薬品原料となる脂質をつくる研究も進めています。つまり,ミトコンドリア・オルガネラ研究は「生命の根本を理解する基礎科学」であると同時に,健康長寿の実現や環境問題の解決に直結する研究でもあるのです。私たちは,この小さなオルガネラの不思議を解き明かし,人類と地球の未来に貢献することを目指しています。

ミトコンドリアを始めとしたオルガネラが,細胞の中でどのように作られるのか?私たちは以下の3つの視点から研究を進めています。

1. 細胞内の物流の問題:
 オルガネラを構成するタンパク質や脂質は,どのようにして適切に目的のオルガネラへ輸送,分配されるのか?特に脂質分子は水に溶けにくい性質を持つため,水で満たされた細胞内を移動することは困難です。細胞内には合成された脂質を目的の脂質膜まで正しく輸送する交通網を整備している事がわかってきましたが(図1),その交通網の全容や,交通のルールや制御は依然として不明な点が多く残されています。私たちは,新しい脂質輸送タンパク質(脂質輸送ルート)を発見するなど,この分野を世界的にリードする成果を挙げています。これらの知見は,細胞の恒常性維持や代謝異常の理解に直結し,将来的には疾患の分子機構の解明や新たな治療法の開発にもつながると期待されます。

細胞内の様々なオルガネラ間に整備された脂質の交通網

2. オルガネラの形と量の調節問題:  
 オルガネラはそれぞれ特徴的な形を維持していて,その形態異常がオルガネラの機能異常を引き起こすことが知られています(図2)。また細胞内のオルガネラ量も適切に調節されています。適切なオルガネラの形と量がどのように維持,調節されるのか?重要な問題ですが,不明な点が多く残されています(図3)。また,ミトコンドリアの特徴的な内膜構造(クリステ)がどのように作られるのかもほとんどわかっていません(図4)。ミトコンドリアの形態を決定する遺伝子のいくつかが,神経変性疾患の原因遺伝子として同定されており,その重要性が注目されています。私たちは,これらの知見を基盤に,異常化したミトコンドリアの形を正常に戻す薬の開発にも挑戦しています。基礎研究から医療応用の実現に向けて, 皆さまの温かいご支援をお願いいたします。

融合ができないと分裂のみが進行してミトコンドリアは断片化する。逆に分裂ができないと融合のみが進行して伸長したミトコンドリア形態となる。これらの形態異常を示すミトコンドリアはその機能が低下する。
オルガネラの適切な量を監視するシステムは謎に包まれている。
ミトコンドリアの発達した内膜構造(クリステ膜)はどのように作られるのかは現在でもほとんどわかっていない。

3. 異なるオルガネラ膜同士が近接するオルガネラ膜コンタクトサイトの問題:
 近年,異なるオルガネラ膜同士が近接する「オルガネラ膜コンタクトサイト」と呼ばれる領域が形成され,オルガネラ間での脂質やイオンの輸送に重要な役割を果たすことが明らかになってきました(図5)。私たちは,日本において最も早くこの領域に着目し研究を進めてきたグループの一つです。これまでに,オルガネラ膜コンタクトサイトを可視化する技術を開発するなど,世界をリードする成果を挙げてきました(図6)。コンタクトサイトにはどのようなタンパク質が集積し,どのような特殊な機能を担うのか。今後も新たな発見が期待される最先端の研究分野です。近年では,オルガネラ膜コンタクトサイトの異常が神経変性疾患をはじめとするさまざまな病気と関わることも報告されています。たとえば,ミトコンドリアと小胞体のコンタクト異常はアルツハイマー病やパーキンソン病,ALSの病態に深く関与すると考えられています。私たちの研究は,このような疾患の分子基盤を理解するための手がかりを提供し,将来的には病態解明や新規治療法の開発につながる可能性があります。

オルガネラの概念を変革したコンタクトサイトの発見
オルガネラ間コンタクトサイトの解析手法の開発から分野をリード

有用脂質分子の大量生産技術の開発に挑戦

酵母で実現する新しい脂質生産技術
 私たちは, 上記コンタクトサイトの研究を進める過程で, あるコンタクトサイトの機能を変化させることで, まるで「脂質を溜め込む倉庫」のように振る舞う酵母細胞を作り出せることを発見しました。この偶然の成果をきっかけに, 私たちは酵母を利用してスクアレンやエルゴステロールといった有用脂質を大量に生産する新しい技術の開発に挑戦しています。  エルゴステロールはビタミンDの前駆体として利用される有用な脂質です。一方, スクアレンは高い保湿性を活かした化粧品成分として広く使われているほか, 健康食品や医薬品にも応用されています。さらに, 近年はワクチンの効果を高めるアジュバントとしての利用が拡大し, その需要は世界的に急増しています。しかし, スクアレンの主な供給源は絶滅が危惧されるサメの肝油であり, 資源の枯渇や生態系への深刻な影響が問題となっています。そこで私たちは, 環境に依存しない持続可能な生産方法として酵母を「細胞工場」に改良し, 通常の10倍以上のスクアレンやエルゴステロールを生産できる株の開発に成功しました。この成果についてはすでに特許出願も行っており, 環境にやさしい次世代の脂質供給技術として大きな可能性を秘めています。この研究は, 基礎的な生命現象の探究から生まれた「偶然の発見」を社会に還元する挑戦です。美容から医療, そして感染症対策にまで広く役立つ技術の実現に向けて, 皆さまの温かいご支援をお願いいたします。