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ナノテク・材料

ノーベル賞も支える「自己組織化」 ― 研究費10分の1の衝撃と、挑戦。

並河 英紀 教授 ナビカ ヒデキ
所属
山形大学 理学部
研究分野
ナノバイオサイエンス
キーワード
自己組織化、細胞膜、結晶、晶析、ナノ粒子、製剤、タンパク質、非平衡化学、非線形化学

台所にある食塩や石けんは、イオンや分子が「集まる」ことで生活に密着した機能を生み出しています。私たちは、この分子やイオンが「集まる」しくみ、すなわち「自己組織化」の研究をしています。とても基礎的な研究ですが、この自己組織化の研究はノーベル賞にもつながるモノづくりやライフサイエンスなど様々な分野を支えています。

私はこの自己組織化の研究を通して多くの学生を育て社会へと送り出してきました。良い研究環境が、未来を変える次世代の研究者をはぐくむことは疑う余地がありません。しかし、そのような小さな芽をはぐくむ環境が、いま、地方の国立大学から失われつつあります。

3万円。

これが、今年度、大学から私に配分された教員経費です。どんな研究ができるでしょうか。現場の努力だけでは限界があります。それでも私はこの状況を悲観するだけではなく、未来を担う次世代が自由な発想で挑戦できる環境を守るべく、試行錯誤しながら新たな形の研究と教育の環境を築いていこうとしている最中です。皆さまからのご支援を「共に科学を育てるチャンス」として活かし、基礎研究の持続と次世代育成のための新しい形に変えていきたいと思います。


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並河 英紀 教授 ナビカ ヒデキ
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研究内容

イオンや分子が「集まる」ってどういうこと?

私たちの台所にある食塩は、イオンが規則正しく「集まる」ことでつくられた、結晶と呼ばれる構造をしています(左下の図)。また、台所やお風呂場にある石けんや洗剤は、分子がボールのように球状に「集まる」ことで、その中に油を閉じ込め、油汚れを落とすはたらきを生み出しています(右下の図)。このように、私たちの身のまわりにある多くのものは、イオンや分子が「集まる」ことで、生活を支える機能を生み出しています。したがって、イオンや分子が

「どのようにして集まるのか」
「どのような形で集まるのか」
「どのような仕組みで集まるのか」

を理解することは、私たちの暮らしをより豊かにする新しい素材や技術を生み出すうえで、欠かせないことなのです。

「自己組織化」から、モノづくりやライフサイエンスへ貢献する

私たちの研究室は、まさに、この分子やイオンが「集まる」という現象の本質を理解するための学問である「自己組織化」という研究をしています。この自己組織化という現象は、先ほどの食塩や石けんのように、私たちの身のまわりに数多く存在しています。さらに、私たちの体の中も自己組織化であふれています。たとえば、体をつくる細胞は、「細胞膜」と呼ばれる、自己組織化によってできたごく薄い膜に包まれています。私たちの研究室では、このような「自己組織化」の原理を明らかにすることで、新しい機能や性質をもつ素材をつくり出したり、体の中で起こる生命現象を理解したりする研究に取り組んでいます。

生命を支える自己組織化の理解

私たちの体は、何十兆個もの細胞からできています。その一つ一つの細胞を包む「細胞膜」も、分子が「自己組織化」してできた非常に薄い膜です。その厚さはわずか数ナノメートル──紙の厚さの1万分の1ほどしかありません。それでも、細胞の中と外を隔てるしっかりとした防御壁として働いています。

ところが、一部の化学物質は、この細胞膜を壊す性質を持つことがあります(左下の図)。これは、細胞膜が本来もつ「自己組織化」という機能が阻害されている状態と考えられます。こうした阻害の仕組みを理解することは、たとえば環境汚染物質などの細胞膜に対する毒性の理解につながるだけでなく、膜を守るための薬剤の開発にも役立つと期待されます。

また、一部のタンパク質は、体の中で「自己組織化」することで、健康に悪影響を及ぼすことがあります。たとえば、アルツハイマー病は、ある特定のタンパク質がアタマの中で集まる=自己組織化することで発症すると言われています(右下の図)。そのため、このようなタンパク質の自己組織化の仕組みを理解することは、アルツハイマー病の発症や進行を抑える新しい薬の開発につながる可能性があります。

あのノーベル賞も「自己組織化」が支えている!?

2025年のノーベル化学賞は、京都大学の北川進先生ら3氏に授与されました。その授賞理由は「金属有機構造体(MOF)の開発」です。その特徴は、均一で均質な無数の「穴」が空いている物質であるということです。この穴に特定の物質だけを捕まえることで、「分離」や「貯蔵」といった機能を材料に持たせることができるのです。そして、この「穴」を作っている仕組みが、まさに私の研究である「自己組織化」なのです。下の図にはMOFが作られる絵を描いていますが、上で書いた、塩の結晶や石鹸分子のように、イオンや分子が「集まる」ことで作られているのが良く分かりますよね。「自己組織化」の研究自体は非常に基礎的なのですが、「自己組織化」を応用することで、私たちの生活を豊かにする様々な材料を生み出すことができるのです。

自然界にもみられる自己組織化の理解:美しい模様の謎に迫る

ここまでは「自己組織化」が私たちの生活を豊かにするという観点で説明してきましたが、実は、私たちの研究室のもう一つのテーマは、自然界に見られる美しい模様の謎に迫ることです。黒と白のシマ模様を持つシマウマ、様々な色の周期的模様を持つメノウなどの宝飾品、同心円の周期的軌道を持つ太陽系惑星など、自然界には様々な模様があります。不思議なことに、これらは人がデザインし製作した工芸品とは異なり、イオン、分子、細胞、粒子などが集合し成長する過程で「自然」に作られる芸術品なのです。つまり、これらも「自己組織化」なのです。私たちの研究室では、「自己組織化」の研究を通じ、モノづくりやライフサイエンスへ貢献するだけではなく、自然界にある大小さまざまな「自己組織化」の謎に迫る、非常に基礎的な研究を進めています。

次世代の研究者を育成するために

私はこれまで、国内外の多くの共同研究者に支えられながら、「自己組織化」という自然界の根源的な現象を理解する基礎研究に取り組んできました。その成果の一端は評価をいただき、化学分野の国内最大の学会である日本化学会から、第42回(2024年度)日本化学会学術賞という非常に大きな賞も頂くこととなりました。こうした研究を支えるための装置や環境は長年をかけて整えてきましたが、いまその多くが老朽化し、このままでは新たな発見や挑戦を続けることが難しくなっています。

冒頭で触れた研究費の配分が「3万円」だけとなったことの衝撃はものすごいものがありました。数年前は30万円程度はありましたので、そこから比べると、実に10分の1です。90%カットです。しかしながら、この問題は私個人の研究の停滞といったちっぽけな問題にとどまりません。むしろ、これからの日本の科学を支える次世代の研究者たちが、最前線の環境で学び、挑戦する機会を失いつつあることこそ、最も深刻な問題です。科学は、すぐに役に立つものばかりではありません。特に私のような基礎研究には学内外の支援が届きにくい現状もあります。しかし、目には見えない小さな基礎的な発見が、やがて社会を大きく変える力にもなり得ると信じています。

未来を担う若い研究者たちが、自由な発想で未知の現象に挑戦できる基礎研究の環境を守りたい——。

私はこの状況を悲観するだけではなく、一人の研究者として、また、大学組織の一員として、新しい挑戦を重ねながら、新しい仕組みをつくり、研究と教育の新たな形を築いている最中です。皆さまからのご支援を、基礎研究の持続と次世代育成のための新しい形に変えていきたいと考えています。